朝青龍の甥っ子・大関豊昇龍の現在!本名や叔父との知られざる関係
土俵上で見せる射抜くような鋭い眼光と、変幻自在の豪快な技で観客を沸かせる大関・豊昇龍智勝。平成の大相撲界を席巻した第68代横綱・朝青龍(ドルゴルスレン・ダグワドルジ)の実の甥(おい)として角界入りを果たした彼は、いまや叔父の威光を借りるまでもない屈指の実力者へと成長を遂げました。
相撲ファンのみならず一般の視聴者からも「取組前の表情が朝青龍にそっくり」「技のキレが血筋を感じさせる」と大きな注目を集めています。高校レスリング界から大相撲へ飛び込み、数々の試練を乗り越えて大関へ昇進した歩み、そして偉大すぎる叔父との知られざる絆と葛藤を、最新データと関係者の証言を交えて詳しく紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:朝青龍の甥っ子は大関・豊昇龍 智勝(ほうしょうりゅう ともかつ)。本名はスガラグチャー・ビャンバスレンで立浪部屋に所属。
- 要点2:来日当初は日体大柏高校レスリング部のエースだったが、叔父の背中を追って相撲へ転向し、初土俵からスピード出世で幕内最高優勝を達成。
- 要点3:顔立ちや土俵での眼光が叔父に酷似していると話題だが、「朝青龍の甥」という重圧を跳ね除け、独自の取り口で横綱昇進を目指している。
【プロフィール】朝青龍の甥っ子の名前・本名と角界入りの原点
大相撲中継で「朝青龍の甥」と紹介される力士の四股名は豊昇龍 智勝です。モンゴル・ウランバートル出身で、本名はスガラグチャー・ビャンバスレン(Sugarragchaagiin Byambasüren)。朝青龍の実兄(長兄・スガラグチャー氏)の次男にあたり、正真正銘の甥にあたります。
彼が日本へ渡ったのは相撲のためではなく、レスリングの留学生としてでした。千葉県の強豪・日本体育大学柏高等学校に入学し、50キロ台後半から階級を上げながら全国高校選抜大会やインターハイで上位入賞を果たすなど、将来の五輪候補として期待される逸材でした。当時の関係者によると、高校時代のビャンバスレン青年はすでに並外れた体幹の強さと柔軟性を備えていたと証言されています。
転機が訪れたのは高校2年生の夏。両国国技館で大相撲を観戦した際、館内の地鳴りのような歓声と力士たちの激しいぶつかり合いに心を奪われます。かつて母国モンゴルのみならず日本中を熱狂させた叔父・朝青龍の雄姿が脳裏に蘇り、「自分もこの土俵で一番になりたい」と角界入りを決意しました。高校卒業後の2017年11月、元小結・旭豊が師匠を務める立浪部屋へ入門し、2018年1月場所に初土俵を踏みました。

朝青龍と豊昇龍はなぜ似てる?血筋が物語る「眼光」と「豪快な技」の共通点
豊昇龍が土俵に上がるたび、SNSやファンの間で必ず上がるのが「朝青龍と豊昇龍が似てる」という声です。特に仕切り線に手をつく直前、相手を射すくめるように見据える鋭い眼光や、唇を真一文字に結んだ表情は、全盛期の朝青龍を彷彿とさせます。
類似点は外見だけにとどまりません。土俵上での身体の使い方や勝負に対する執念にも、共通する遺伝子の力が見て取れます。
- 圧倒的な勝負勘とスピード:立合いからの鋭い踏み込みと、相手の動きに瞬時に反応する反射神経の鋭さ。
- 多彩な足技と投げ技:レスリングとモンゴル相撲で培った柔軟な足腰を活かし、内掛け、外掛け、下手投げ、上手投げなど、土俵際での大逆転劇を生む技術力。
- 闘志を前面に出す気迫:負けたときの悔しさを隠さず、勝ちへの強い執念を土俵上で表現するスタイル。
大相撲担当記者によると、報道陣の間でも「土俵を降りた際の礼儀正しさと、土俵に上がった瞬間に鬼の形相へと豹変するギャップまで叔父譲り」と評されています。単なる物まねではなく、勝負師としての天性が身体の奥深くに刻み込まれていると言えます。
レスリングから大相撲へ|日体大柏時代の挫折と立浪部屋での急成長
相撲未経験で角界に飛び込んだ豊昇龍の道のりは、決して平坦なものではありませんでした。入門当初の体重は100キロ強と、力士としては非常に軽量。入門直後は相撲特有の「すり足」や「ぶつかり稽古」の過酷さに圧倒され、レスリング時代との筋肉の使い方の違いに苦しみました。
しかし、日体大柏高校レスリング部で培った体幹の強さと敏捷性が大きな武器となりました。師匠である立浪親方の指導のもと、徹底した四股と筋力トレーニングで身体をビルドアップ。体重を140キロ台まで増量させながらも、持ち前のスピードと柔軟性を損なわない独自の肉体を作り上げました。
序ノ口から幕下までは目を見張るスピードで昇進し、2019年11月場所で新十両へ昇進。2020年9月場所には新入幕を果たします。関取昇進後も足技を絡めた変幻自在の相撲で白星を重ね、幕内上位に定着。そして2023年7月場所、関脇の地位で12勝3敗の好成績を収め、優勝決定戦を制して念願の幕内最高優勝を達成。場所後に満場一致で大関昇進を果たしました。

【データ比較】朝青龍と豊昇龍の成績・昇進スピードを徹底比較
偉大な叔父・朝青龍と、その甥である豊昇龍の足跡を客観的なデータで比較します。入門からの昇進ペースや主な実績を一覧表にまとめました。
| 項目 | 第68代横綱 朝青龍 | 大関 豊昇龍 | データ分析・比較ポイント |
|---|---|---|---|
| 初土俵 | 1999年1月場所(若松部屋) | 2018年1月場所(立浪部屋) | ともに10代後半で来日・入門 |
| 新十両所要場所数 | 11場所 | 11場所 | 関取昇進までのスピードは完全に同率 |
| 新入幕所要場所数 | 13場所 | 16場所 | 豊昇龍も屈指のスピード出世を記録 |
| 大関昇進 | 2002年7月場所後(所要22場所) | 2023年7月場所後(所要33場所) | 朝青龍の超人的ペースに対し、豊昇龍は着実に地力を固めて昇進 |
| 幕内最高優勝 | 通算25回(歴代4位) | 1回(2023年7月場所) | 大関として2度目の優勝と横綱昇進が当面の照準 |
| 得意手・決まり手 | 突き押し、寄り切り、上手投げ | 下手投げ、寄り切り、内掛け・外掛け | 豊昇龍はレスリング仕込みの足技・逆転技の頻度が高い |
叔父・朝青龍との知られざる関係性|叱咤激励と「一人立ち」の舞台裏
「朝青龍の甥」という肩書は、入門当初から巨大な注目を集めるメリットがあった反面、豊昇龍にとっては計り知れないプレッシャーでもありました。勝てば「血筋のおかげ」、負ければ「叔父の名を汚した」と言われかねない過酷な環境に置かれていたためです。
朝青龍本人は、甥の角界入りに対して当初は厳しく接していました。関係者の証言によると、「相撲の世界は甘くない。中途半端な覚悟ならやるな」と突き放したこともあったと伝えられています。しかし、豊昇龍が日々の猛稽古に耐え、結果を出し始めると、自身のSNS等で甥の取組について言及し、時には熱い檄を飛ばし、時には勝利を誰よりも喜ぶ姿を見せるようになりました。
2023年7月に豊昇龍が大関昇進を決めた伝達式では、叔父から直接祝福のメッセージが届いたことが報じられています。豊昇龍自身もインタビューで「叔父の存在は目標であり、超えたい壁」と語る一方、「自分は朝青龍ではなく、豊昇龍として横綱になりたい」と明確なアイデンティティを口にするようになりました。
【プロの結論】スポーツ心理学に見る「偉大な親族」の重圧と自立
スポーツ心理学の観点において、偉大すぎる親や親族を持つアスリートは「比較による自己効力感の喪失」や「過度な外的プレッシャー」に晒されやすい構造があります。豊昇龍が見事だったのは、叔父の得意技である強烈な突き押しを無理に模倣するのではなく、高校時代に培ったレスリング由来の足腰と投げ技を自身の核に据えた点です。「叔父のコピー」から脱却し、自分だけの勝てるスタイル(心理的自立)を確立したことこそが、大関昇進を果たした最大の要因と分析できます。

一般に知られていない盲点とネットの誤解
ネット上やファンの間で見られるいくつかの誤解について、事実関係を整理します。
- 誤解1:朝青龍と同じ部屋で英才教育を受けた?
事実:朝青龍が所属していたのは高砂部屋(入門時は若松部屋)ですが、豊昇龍が所属しているのは立浪部屋です。叔父のコネクションではなく、高校相撲関係者の縁や本人の適性を見て部屋が選ばれました。師匠の立浪親方のもとで基礎からじっくり鍛え上げられています。 - 誤解2:モンゴル相撲のエリート出身?
事実:豊昇龍はモンゴル時代、本格的な相撲の英才教育を受けていたわけではありません。基礎となったのは千葉・日体大柏高校レスリング部での過酷なトレーニングです。相撲のまわしを本格的に締めたのは高校後半以降であり、相撲歴の短さを驚異的な学習能力で埋めてきました。
【2026年最新】大関・豊昇龍の現在と悲願の横綱昇進へのシナリオ
大関在位を続ける豊昇龍の次なる目標は、悲願である第74代横綱への昇進です。現代の大相撲界において、安定して二桁勝利を挙げる大関陣の中でも、豊昇龍の爆発力と勝負強さは際立っています。
横綱昇進を果たすための明確な条件は「大関の地位で2場所連続優勝、またはそれに準ずる好成績」です。豊昇龍の課題として専門家から指摘されるのは、強引な投げ技に頼りすぎて体勢を崩す場面を減らし、立ち合いから一気に前へ出る「正攻法の寄り」をより安定させることです。持ち前のスピードに重厚な圧力が加われば、叔父・朝青龍に続くモンゴル出身横綱の誕生は現実味を帯びています。
【朝青龍の甥っ子】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:豊昇龍の本名と正確な読み方は?
A1:本名はスガラグチャー・ビャンバスレンです。モンゴル語表記では「Sugarragchaagiin Byambasüren」となります。
Q2:朝青龍と豊昇龍の家族関係はどうなっていますか?
A2:朝青龍(ドルゴルスレン・ダグワドルジ)の長兄であるスガラグチャー氏の次男が豊昇龍です。したがって、豊昇龍から見て朝青龍は実の叔父(おじ)にあたります。
Q3:高校時代はどこの学校で何のスポーツをしていましたか?
A3:千葉県の日本体育大学柏高等学校に留学し、レスリング部で活躍していました。全国大会で上位に入るなど目覚ましい成績を残したのちに相撲へ転向しました。
Q4:現在の番付と所属部屋はどこですか?
A4:最高位は大関で、所属は立浪部屋(師匠:元小結・旭豊)です。
まとめ:叔父の影を超えて大横綱へ挑む豊昇龍の進化
元横綱・朝青龍の甥として角界の門を叩いた豊昇龍は、偉大すぎる叔父の影に押しつぶされることなく、自らの相撲道を切り拓いて大関の地位を確立しました。レスリングで磨いた卓越した身体能力と、土俵際で見せる驚異の粘り腰は、いまや大相撲界を牽引する最大の武器となっています。
「朝青龍の甥」という枕詞を脱ぎ捨て、一人の大相撲力士「豊昇龍」として土俵に君臨する彼の視線の先には、最高峰である横綱の座がはっきりと見据えられています。さらなる進化を続ける大関の取組から、今後も目が離せません。 (出典: 朝 青龍 甥 っ 子(Yahoo!ニュース))