アンタッチャブル柴田は何した?空白の10年と女性トラブルの真相
アンタッチャブル 柴田 何した――検索窓にこのフレーズを打ち込む人の多くは、希代のツッコミ職人がかつて芸能界の第一線から忽然と姿を消した、あの異様な歳月に引っかかりを覚えているはずだ。2004年の『M-1グランプリ』で審査員を唸らせ、圧倒的な爆笑を巻き起こして頂点へ駆け上がったアンタッチャブル。飛ぶ鳥を落とす勢いだった柴田英嗣のキャリアは、2010年、突如として深い闇に飲み込まれた。
テレビから突如として消え去った当時、世間では「病気療養」と発表されたものの、噂が噂を呼ぶ形でネット上には憶測が氾濫した。多くのファンが「アンタッチャブル 柴田 何した」と真相を探り続け、重病説から裏社会との関わり、果ては不当な逮捕説まで飛び交う異常事態へと発展したのだ。だが、その背後にあったのは、警察の事情聴取にまで発展した複雑な女性トラブルと、所属事務所による厳しいペナルティだった。
突然の活動休止宣言——栄光のM-1王者から暗転した運命の歯車
時計の針を少し巻き戻そう。2000年代中盤のお笑い界において、アンタッチャブルの存在感は突出していた。ボケの山崎弘也が繰り出す変幻自在で予測不能なアドリブを、柴田英嗣が超人的なスピードと的確なワードセンスで捌き切る。二人が生み出す漫才の熱量は、当時のバラエティ番組でも圧倒的な引力を持っていた。
しかし2010年1月末、所属するプロダクション人力舎から柴田の無期限休養が突如発表される。公式の理由は「体調不良」および「女性問題の解決」。レギュラー番組は軒並み降板となり、相方の山崎はピン芸人としての孤軍奮闘を余儀なくされた。絶頂期にあったコンビの片翼が突然もがれた衝撃は、業界内外に激震を走らせた。
アンタッチャブル柴田は何した?女性トラブルと事情聴取の真相
では、核心に迫ろう。柴田英嗣はいったい何を引き起こしたのか。後に本人がバラエティ番組などで赤裸々に語ったところによれば、発端は過去に交際していた女性とのもつれだった。
当時、柴田は元妻と婚姻関係にありながら、別の女性と関係を持っていた。その女性が脅迫めいた被害を警察に相談した際、柴田の関与が疑われ、警察から任意で事情聴取を受ける事態へと発展してしまう。結果として柴田の無実が証明され、事件性はないと判断されて立件も見送られた。逮捕されたという事実も一切存在しない。
だが、警察沙汰になったという事実そのものが、コンプライアンスを重視する芸能界において致命傷となった。不倫問題と警察介入というダブルの衝撃に対し、プロダクション人力舎の下した判断は「1年間の芸能活動休止」という極めて重い処分だった。火種は消えたものの、失った信用の代償はあまりにも大きかった。
なぜ10年間コンビ活動を封印したのか?山崎弘也が突きつけた「覚悟の条件」
謹慎期間は1年で明けた。2011年、柴田は芸能界への復帰を果たす。だが、そこに相方・山崎弘也の姿はなかった。アンタッチャブルとしての活動再開は、そこからさらに約9年もの間、完全に凍結されることになる。
コンビ不仲説や解散説が幾度となく報じられた。しかし、活動封印を主導したのは、他ならぬ山崎だった。山崎は柴田に対し、冷徹とも言えるが芸人として極めて純度の高い「ある条件」を突きつけていた。「柴田さんが一人で番組に呼ばれ、一人で結果を出せるようになるまで、コンビは復活させない」というものだ。
山崎は柴田の休止中、ピン芸人としてバラエティ番組の最前線で不動の地位を築き上げていた。もし中途半端な状態でコンビを再開させれば、「山崎が柴田を助けている」という色眼鏡で見られてしまう。それは、柴田という希代のツッコミのプライドを殺すことになり、漫才師・アンタッチャブルのブランドを貶めることにも繋がる。山崎の頑なな拒否は、柴田の実力を誰よりも知る相方ゆえの、過酷な愛の鞭だった。
『全力!脱力タイムズ』で起きた奇跡——台本なしの電撃復活の舞台裏
長い潜伏の冬を越え、その瞬間は前触れもなく訪れた。2019年11月29日、フジテレビ系列で放送された『全力!脱力タイムズ』。この日の放送は、日本のテレビ史に残る伝説回として語り継がれている。
番組MCの有田哲平が柴田に仕掛けたのは、完全なサプライズだった。偽のゲストとしてスタジオに現れたのは、柴田が10年間待ち続けた相方、山崎弘也本人。柴田の驚愕の表情、そして次の瞬間に溢れ出た反射的なツッコミ。打ち合わせゼロ、事前のリハーサルも一切なし。カメラの前で繰り広げられた即興の漫才は、10年の空白など一瞬で消し去るほどのキレと阿吽の呼吸を見せつけた。
放送直後からSNSは爆発的な反響に包まれ、見逃し配信サービス「TVer」の再生回数は当時の歴代最高記録を塗り替えた。関係者すら欺いて極秘裏に進められたこの電撃復活は、お笑い界全体が祝福する一大スクープとなった。
どん底から這い上がった柴田英嗣——お笑い界が彼を絶対に手放さなかった理由
スキャンダルによって一度地に落ちた芸人が、これほど完璧な形で返り咲いた例は極めて珍しい。柴田が復帰できた最大の要因は、動物知識をはじめとする多角的なトークスキルに加え、何よりも「ツッコミの腕」が誰にも真似できない水準にあったことだ。
地方局のローカル番組や深夜番組のひな壇で、柴田は腐ることなく愚直に声を張り続けた。どんなパスでも笑いに変えるその職人技を、現場のディレクターや共演者たちは見逃さなかった。山崎の言葉通り、柴田は自らの腕一本で再び民放各局のメインストリームへと這い上がったのだ。
10年の空白を超えて——アンタッチャブルが現代のバラエティ界に示す唯一無二の漫才
復活を遂げたアンタッチャブルは今、冠番組や大型特番で縦横無尽の活躍を見せている。劇的な復活劇から年月が経った現在も、二人が舞台で見せる漫才の熱量は衰えるどころか、 円熟味と圧倒的な自由度を増している。
過去の過ちや壮絶なブランクさえも笑いのスパイスへと昇華し、スタジオを丸ごと巻き込む破壊力。柴田英嗣が歩んだ波乱万丈の道のりは、単なるスキャンダルの顛末ではない。挫折から立ち上がり、芸の力だけで自らの居場所を取り戻した一人の芸人と、それを信じて待ち続けた相方による、本物のコンビ愛の証明だった。 (出典: アンタッチャブル 柴田 何した(Yahoo!ニュース))