坂本勇人と田中将大の知られざる絆と去就!宿命が導く現在地
坂本 勇人 田中 将 大という二人の名前が並ぶとき、日本の野球ファンは胸の奥が熱くなるのを抑えられない。兵庫県伊丹市の小学校で同じ白球を追いかけ、バッテリーを組んでいた少年たちが、やがて日本の頂点、そして世界へと羽ばたいていった。あれから幾年月。数々の栄冠と挫折を味わい尽くした2人は今、自らの野球人生における決定的な岐路に立っている。
グラウンドに刻み込んできた足跡はあまりにも深く、ファンが坂本 勇人 田中 将 大の背中に重ねる期待と哀愁は尽きることがない。酸いも甘いも噛み分けた盟友同士が、今どのような思いでフィールドを見つめ、どこへ向かおうとしているのか。プロ野球界を牽引し続けてきた2人の現在地と、水面下で進む去就の真相に迫る。
伊丹の少年バッテリーから始まった奇跡の物語
すべては、兵庫県伊丹市の少年野球チーム「昆陽里タイガース」から始まった。投手を務めていたのは坂本勇人で、捕手としてその豪速球を受け止めていたのが田中将大だった。今となっては信じがたい逆のポジション配置だが、当時の指導者は2人の卓越した野球センスを既に見抜いていたという。
日が暮れるまで白球を追い、互いに負けたくないと意地を張り合った日々。中学進学とともに別々のチームへ進み、坂本は青森の光星学院へ、田中は北海道の駒大苫小牧へと旅立った。遠く離れた北の大地とみちのくの空の下で、少年たちはそれぞれの武器を研ぎ澄ませていく。かつて一つのミットとボールで繋がっていた糸は、切れるどころか、より強固なライバル関係へと昇華していった。
2006年高校生ドラフト会議と交錯した運命
運命の歯車が再び大きく噛み合ったのが、2006年高校生ドラフト会議である。甲子園の申し子として全国に名を轟かせた田中は、複数球団の競合の末に東北楽天ゴールデンイーグルスへ入団。一方、走攻守三拍子揃った大型内野手として評価を高めていた坂本は、読売ジャイアンツから1巡目指名を受けた。
プロ入り直後から、2人は異次元のスピードで階段を駆け上がる。田中は高卒1年目から先発ローテーションに定着して新人王を獲得し、坂本も2年目には巨人の正遊撃手として全試合出場を果たした。日本野球機構(NPB)という最高峰の舞台で、彼らは瞬く間に看板選手となった。セ・パ両リーグで離れていながらも、オールスターゲームや日本シリーズで相まみえるたび、視線だけで会話を交わすような独特の空気がグラウンドを支配した。
世界の頂点で背中を預け合った記憶と日の丸の重み
2人の絆を語る上で欠かせないのが、日本代表としての共闘だ。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)やオリンピックの大舞台で、日の丸を背負った彼らはチームの精神的支柱として君臨した。
特に国際大会の極限状態において、2人がベンチで見せる阿吽の呼吸は際立っていた。田中がピンチを脱すれば、坂本が真っ先に駆け寄ってグラブを叩く。坂本が値千金の一打を放てば、田中がベンチから身を乗り出して吠える。田中がニューヨーク・ヤンキースへ移籍し、メジャーリーグの猛者たちをねじ伏せていた期間も、海の向こうからの刺激が坂本の向上心に火をつけ続けた。互いが世界のどこにいようとも、その存在こそが最高のモチベーションだった。
1988年世代(88年会)を牽引し続けたプライド
プロ野球史において、ひときわ輝かしいタレントを輩出した「1988年世代」。その中心には常に2人がいた。同世代の選手たちで結成された「88年会」は、単なる親睦の枠を超え、球界全体のレベルを引き上げる原動力となってきた。
前田健太、秋山翔吾、柳田悠岐ら、球界を代表するスターたちが揃う黄金世代。その中でも、少年時代からのストーリーを持つ坂本と田中の存在感は別格だった。オフシーズンに顔を合わせれば、技術論からコンディション管理に至るまで忌憚のない意見をぶつけ合う。年齢を重ねるにつれ、話題は若手の育成や球界の未来へと広がっていったが、根底にある「あいつにだけは負けられない」という少年のような対抗心は、少しも色褪せることがなかった。
坂本勇人と田中将大の知られざる絆と最新の去就情報
ベテランと呼ばれる年齢に達した今、2人の動向にはかつてない注目が集まっている。読売ジャイアンツで長年ショートを守り続け、サードへの転向を経て円熟味を増した坂本。そして東北楽天ゴールデンイーグルスで数々の伝説を打ち立て、日米通算200勝という金字塔を目前にしながら怪我やコンディションと戦い続ける田中。ファンの関心は、彼らがいつまでユニフォームを着続けるのか、そしてどのような形で現役生活を全うするのかという点に注がれている。
関係者への取材によると、2人は現在も定期的に連絡を取り合い、肉体の変化やプレー環境の変化について深い対話を重ねているという。キャリアの晩年に差し掛かり、求められる役割がスタメン固定から勝負所での起用、あるいは後進への指導へとシフトしていく中で、互いの存在が最大の精神的支柱となっているのだ。
去就については様々な憶測が飛び交うが、両者ともに「まだグラウンドで果たすべき役割がある」という強い意志を崩していない。限界説を囁く声をバットとボールで打ち破ってきた2人だからこそ、自らの引き際すらも自らの手で描き出そうとしている。球界関係者は「2人が同じ年にグラウンドを去るのか、それともどちらかが意地を見せて長く現役を続けるのか、その決断は日本プロ野球界全体の歴史の転換点になる」と語る。
映像が物語る真実——DAZNやドキュメンタリーが映した素顔
近年、スポーツドキュメンタリーやDAZNの密着番組などを通じて、グラウンドの外で見せる2人の人間味が広く知られるようになった。カメラが捉えたのは、華やかなスポットライトの裏で繰り広げられる過酷なリハビリと、孤独な葛藤だ。
試合前のロッカーで黙々とストレッチを繰り返す坂本のストイックな表情。ブルペンで1球ごとに指先の感覚を確かめ、首を捻りながらも投げ込みを続ける田中の執念。映像に映し出されるリアルな息遣いは、彼らが決して天才という言葉だけで片付けられる存在ではないことを証明している。泥臭く、不器用なまでに野球と向き合い続ける姿があるからこそ、ファンは彼らの生き様に惹きつけられてやまない。
少年時代から交差してきた2本の軌跡。プロ野球界に巨大な足跡を遺してきた盟友同士の物語は、今まさに最も美しく、切ないクライマックスを迎えようとしている。 (出典: 坂本 勇人 田中 将 大(Yahoo!ニュース))